千駄ヶ谷ホープ軒の歴史|背脂ラーメンの元祖と創業50年の軌跡

 

はじめに

千駄ヶ谷駅より徒歩7分、背脂入りラーメンが人気の「ホープ軒」は昭和35年に創業しました。国立競技場の向かいに建つ黄色いビルで半世紀以上にわたって営業を続ける老舗ラーメン店は、背脂こってりラーメンの元祖として多くのラーメンファンに愛され続けています。

創業者・牛久保英昭氏の生い立ち

戦時中の体験

創業者の牛久保英昭は、1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲後に岐阜県に引っ越し、中学卒業後、パン職人などを目指したが、最終的に東京でラーメン屋台をやることを選ぶ。浅草の生まれで、昭和20年3月10日、下町が空襲で全滅して、夜中に浅草から千住まで、大人の股をくぐって逃げたという壮絶な戦争体験が、後の人生に大きな影響を与えました。

ラーメン屋台への道

中学卒業後、様々な職業を経験した牛久保氏は、1960年に赤羽でラーメン屋台を始めるが、屋台募集の告を見て、現在の吉祥寺ホープ軒本舗難波二三男から屋台を借りラーメン屋台を始めることになります。

ホープ軒本舗との関係

屋台からの独立

千駄ヶ谷ホープ軒の歴史を語る上で欠かせないのが、ホープ軒本舗が貸し屋台業を行っていた際、屋台を借りていたお店の一つだったという事実です。都内で103台の屋台を貸し出すフランチャイズチェーン展開を行う。屋台からは後に「ホープ軒(千駄ヶ谷)」の牛久保英昭氏らが独立しました。

独自の味の追求

味はウチ独自のものだし、あくまで屋台を借りてるだけの対等な関係だからねと牛久保氏が語るように、屋台時代から独自の味作りにこだわっていました。

屋台時代の苦労と成功

営業場所の変遷

高田馬場を振り出しに銀座、新橋を経て内幸町の日本放送協会前に屋台を構えるなど、都心部の繁華街を転々としながら営業を続けました。昼夜屋台を開け約500杯の売り上げを記録したこともあるという驚異的な実績を残しています。

背脂ラーメンの誕生

1962年(昭和37年)頃には背脂を入れる現在のスープの形を完成させるなど、現在の看板メニューである背脂ラーメンは屋台時代に生まれました。この革新的なラーメンは、後に東京のラーメン文化に大きな影響を与えることになります。

千駄ヶ谷への移転と店舗開店

移転の理由

NHKが渋谷に引っ越したのが一つのきっかけ。他の新聞社も引っ越しちゃって、マスコミの人も少なくなっちゃった。となると、お客さまの半分を占めるタクシーの運転手のみなさんのことを考えたと牛久保氏は振り返ります。

店を構えるのなら、車が停めやすいところがいいなと。自分も千駄ヶ谷に住んでいたし、この辺りがちょうど良かったんだね。ここで店を開いたのが昭和50年(1975年)の頃だねという実用的な理由で現在地を選びました。

開店当初の環境

でもその当時は、この辺りは何をやっても商売にならない場所だった。この辺がキラーストリート(外苑西通りの別名)と言われるのもそれが一つの所以。周りにもあまりお店は無かったねという厳しい環境からのスタートでした。

50年間無休営業の偉業

驚異の営業記録

屋台時代も一日も休まなかった牛久保さん。千駄ヶ谷に店を構えてからも「50年間、一日も店を休んでいない」と言い、「コロナ禍の時もうちはやっていたから、かえって忙しかったかもしれない」という驚くべき営業姿勢を貫いています。

信頼の積み重ね

「『ホープ軒は365日やっている』という信頼は絶対にある。あそこは何があっても、嵐でも、いつ行っても、必ずやっているんだから、という信頼がある」と語る通り、長年の無休営業が顧客との強い信頼関係を築いています。

著名人との交流

漫画家・横山泰三との縁

漫画家の故・横山泰三さんも常連客の一人で、漫画家の仲間らと共に、よく店を訪れていたと言う。ビルの看板やスタッフTシャツに描かれている「ホープ軒」の書体と豚の絵も、横山さんが手がけたものという興味深いエピソードがあります。

現在のホープ軒

86歳の現役経営者

創業者の牛久保氏は25年2月に御年86歳を迎えるが、今なお現役で毎日休まず現場に立っているという驚異的な現役生活を送っています。

立ち食いスタイルの理由

運転手や記者など「忙しい人たち」が主な客層だったこともあり、現在も残る立ち食いスタイルを選んだという、顧客のニーズに応えた営業スタイルが今も続いています。

ホープ軒の特徴とメニュー

看板メニュー

白濁した豚骨出汁に醤油のレが混ざりあったスープは、たっぷり背脂の見た目とは裏腹に、さっぱりとしたマイルドな味わい。ほのかな甘みが口の中に広がり背脂のコクが全体をまとめますという独特のバランスが人気の秘密です。

24時間営業

年中無休、24時間営業。このスペックだけでも胸が高鳴るという営業スタイルは、創業時から変わらない伝統です。

地域との関わり

商店街理事長として

千駄ヶ谷大通り商店街振興組合の理事長を務める牛久保英昭さんとして、地域の発展にも貢献しています。

ダガヤサンドウの発展

近年注目される「ダガヤサンドウ」エリアの発展とともに、ホープ軒も新たな注目を集めています。

まとめ

千駄ヶ谷ホープ軒は、昭和35年(1960年)の屋台創業から65年、千駄ヶ谷での営業開始から50年という長い歴史を持つ、東京を代表する老舗ラーメン店です。創業者・牛久保英昭氏の一日も休まない営業姿勢と、背脂ラーメンという革新的なメニューの開発により、多くの人々に愛され続けています。

戦争体験から始まり、屋台での修行時代、そして千駄ヶ谷での店舗経営まで、一人の男性の人生をかけた挑戦の物語でもあります。現在も86歳の牛久保氏が現役で厨房に立ち続ける姿は、まさに職人魂の象徴と言えるでしょう。

国立競技場の向かいに建つ黄色いビルは、今日も24時間体制で多くの人々を迎え入れ、変わらぬ味を提供し続けています。

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