神代文字とは?解読できない理由と、AIで挑むロンゴロンゴなど本物の未解読文字
神代文字(じんだいもじ)は、漢字が伝わる前の日本で使われていたと「称される」文字ですが、国語学・歴史学の定説では、いずれも後の時代(主に近世)に作られたものとされています。もとになる古代の言語や文書が存在しないため、AIを使っても「解読」する対象がありません。一方、イースター島のロンゴロンゴのような本物の未解読文字は、AIを含む研究がいまも続いています。
この記事では、辞典・百科事典と学術論文をもとに、神代文字とは何か、なぜ偽作とされるのか、AIによる古代文字の研究で実際に何ができているのかを整理します。インダス文字を例にしたAIの統計解析については「AIで古代文字は解読できるのか」で詳しく扱っているので、ここでは神代文字とロンゴロンゴに絞ります。
神代文字とは
神代文字は、「漢字の渡来および〈かな〉の成立に先だって、上古の日本で行われたと称せられる文字」です(平凡社『改訂新版 世界大百科事典』、コトバンク「神代文字」所収)。「神字(かんな)」とも呼ばれます。代表的なものとして、日文(ひふみ)、天名地鎮(あないち)、阿比留(あひる)文字などが挙げられています。
いつごろから語られてきたか
同じ百科事典の項目によると、日本に固有の文字があったとする説は、遅くとも室町時代には神道家の間に広まっていました(ブリタニカ国際大百科事典は「鎌倉時代中期以来」としています)。江戸時代には国学者の間で議論になり、代表的な論争として次の2つの著作が知られています。
| 著作 | 著者 | 立場 |
|---|---|---|
| 『神字日文伝(しんじひふみでん)』 | 平田篤胤 | 神代文字は存在したとする(対馬に伝わる日文を支持) |
| 『仮字本末(かなのもとすえ)』 | 伴信友 | 存在を否定する |
明治以降は、学者でその存在を信じる人はほとんどいなくなりました。ただし世界大百科事典は、昭和に入っても一部にその存在を信じる人がいて、政治問題にまで発展しかねない事件があったことにも触れています。神代文字は、文字の歴史というよりも、国学や近代の思想の歴史の中で研究される題材になっています。
神代文字が後世の作とされる理由
世界大百科事典の「神代文字」の項(執筆は国語学者の亀井孝)は、存在を否定できる理由として次の3点を挙げています(コトバンク「神代文字」)。
- 漢字を輸入する必要がなくなる:漢字より前に固有の文字があったのなら、わざわざ漢字で日本語を書き表し、そこから仮名を発達させる必要は考えにくい。
- 仮名より進んだ仕組みになっている:仮名は音節文字なのに、神代文字は子音と母音を組み合わせる単音文字の性格を持っている。文字の発達の順序としては不自然。
- 古代の発音を書き分けていない(否定の決め手):神代文字は47音ないし50音しか書き分けない。しかし奈良時代以前の日本語には、いろは47字では書き分けられない音の区別があり、万葉仮名ではそれが守られている。
このほか、多くの辞典が、最も有力視された日文はハングル(1443年創案)に基づいて作られたものと説明しています。精選版 日本国語大辞典も「古代の確実な遺例がなく、かつ、いろはがなの体系を出ない」ことから、すべて後代の仮託としています。
決め手になった「上代特殊仮名遣」
3つ目の理由にある古代の音の区別は「上代特殊仮名遣(じょうだいとくしゅかなづかい)」と呼ばれます。奈良時代の万葉仮名では、キ・ヒ・ミ・ケ・ヘ・メ・コ・ソ・ト・ノ・ヨ・ロ(『古事記』ではモも)とその濁音に2種類の書き分けがあり、甲類・乙類と呼ばれています。たとえば同じ「ヒ」でも「日」は「比」、「火」は「非」で書かれ、混同されません。江戸時代に本居宣長が気づき、石塚龍麿が用例を集め、明治末期に橋本進吉がその本質を明らかにしました(コトバンク「上代特殊仮名遣」)。
この区別は平安時代には失われています。つまり、本当に漢字以前の古代から伝わる文字なら、この区別を書き分けているはずなのに、神代文字は平安時代以降の50音の枠組みにぴったり収まっている、ということです。次のPythonのコードは、この点を簡単に確かめるものです。
# 上代の万葉仮名では書き分けられていた例(精選版 日本国語大辞典「上代特殊仮名遣」より)
words = {
"日": ("ヒ", "甲類", "比"),
"火": ("ヒ", "乙類", "非"),
"子": ("コ", "甲類", "古"),
"此": ("コ", "乙類", "許"),
}
print("万葉仮名で書いた場合")
for w, (kana, kind, manyo) in words.items():
print(f" {w}: {manyo}({kana}の{kind})")
print("50音(1音1字)の文字で書いた場合")
by_kana = {}
for w, (kana, kind, manyo) in words.items():
by_kana.setdefault(kana, []).append(w)
for kana, ws in by_kana.items():
print(f" {kana}: {'・'.join(ws)} が同じ字になる")
実行結果:
万葉仮名で書いた場合
日: 比(ヒの甲類)
火: 非(ヒの乙類)
子: 古(コの甲類)
此: 許(コの乙類)
50音(1音1字)の文字で書いた場合
ヒ: 日・火 が同じ字になる
コ: 子・此 が同じ字になる
50音に1字ずつ対応する文字では、奈良時代の人が区別していた「日」と「火」の音を書き分けられません。神代文字の文書にこの区別が現れないことは、それが上代特殊仮名遣の区別が失われた後の時代、つまり平安時代以降の音の体系をもとに作られたことを示しています。
神代文字をAIで「解読」できるか
神代文字の多くは、50音やいろはに1字ずつ対応する表音文字として伝えられています。対応表がすでにあるので、文字を仮名に置き換えれば読めてしまいます。AIを使えば対応表の作成や文字の認識は速くなりますが、出てくるのは近世の日本語であって、古代の未知の言語ではありません。
AIによる古代文字の研究が成果を上げているのは、次のような条件がそろう場合です。
- 文字資料が十分な量ある
- 関係の深い既知の言語がある(比較の相手がいる)
- 出土地や年代など、資料の来歴が確かめられる
- 結果を人の専門家が検証できる
神代文字の場合、問題は文字が読めないことではなく、それが古代のものだと示す資料がないことです。これは文字の解析ではなく、資料の年代や来歴の問題なので、AIで答えが出る種類の問いではありません。もし「AIが神代文字を解読し、古代の歴史がわかった」という話を見かけたら、どの資料を使ったのか、その資料の年代はどう確かめたのか、査読のある論文として発表されているかを確認しましょう。
AIは古代文字の研究で何をしているか
本物の古代文字の研究では、AIは「人の研究者を補助する道具」として成果を出しています。査読付きの論文で確認できる例を挙げます。
| 研究 | 対象 | 報告されている内容 |
|---|---|---|
| Luo・Cao・Barzilay(ACL 2019)論文 | ウガリット語、線文字B | すでに解読済みの文字を使って自動解読の手法を検証。線文字Bでは、同じ語源の単語の67.3%を正しく対応づけた |
| Ithaca(Nature 2022)論文 | 古代ギリシャ語の碑文 | 欠けた文字の復元で単独62%の正解率。歴史家が使うと正解率が25%から72%に上がった。年代は実際の範囲から30年以内で推定 |
| Aeneas(Nature 2025)論文 | ラテン語の碑文 | 似た碑文(並行例)を探して提示。歴史家は90%のケースで研究の出発点として役立つと評価 |
どの研究も、読み方がすでにわかっている文字か、近い言語がわかっている文字を対象にしています。線文字Bの解読そのものは、1950年代にマイケル・ヴェントリスらが人の手で成し遂げたもので、2019年の研究はその答えをAIで再現できるかを試したものです。言語も近縁言語もまったくわからない文字をAIだけで解読した例は、現時点では確認できません。
ロンゴロンゴ:本当に未解読の文字
神代文字と対照的なのが、イースター島(ラパ・ヌイ)のロンゴロンゴです。2024年2月に『Scientific Reports』に掲載された論文によると、ロンゴロンゴはいまも未解読で、文字が刻まれた木の遺物は30点に満たないとされています(Ferrara ほか, Scientific Reports 14, 2794(2024))。
年代測定でわかったこと
大きな論点は、この文字が、18世紀にヨーロッパ人が島に来る前に生まれたのか、来た後に影響を受けて生まれたのか、という点です。この論文は、ローマに保管されている4枚の板を放射性炭素年代測定にかけました。
- 3枚(A・B・C)は、19世紀に主に使われていたことを示す結果だった
- 1枚(D、通称「Échancrée」)の木材は1493〜1509年(68.3%の確率範囲)という、ずっと古い年代を示した
- 著者らは、文字の使用がヨーロッパ人の到来より前にさかのぼる可能性を示すとしつつ、板Dの意味づけにはさらに研究が必要だとしている
測ったのは木材が伐採された年代なので、文字が刻まれた時期とは必ずしも一致しません。それでも、もし外部の影響なしに生まれた文字だと確かめられれば、ロンゴロンゴは人類の歴史で数少ない「独自に発明された文字」の一つになる、と論文は述べています。
ロンゴロンゴがAIでも難しい理由
- 資料が少ない:遺物は30点未満で、統計的な手法に使えるデータ量が限られる
- 対訳がない:ロゼッタストーンのように、既知の文字と並べて書かれた資料がない
- 使い手がいなくなった:論文によると、板は1860年代後半に作られなくなり、読み方を伝える人が途絶えた
- 何をどう書いたかがわからない:人や動物、植物、道具などをかたどった記号が合字や長い列で使われ、修正の跡もあることから、言語を書き表したものと考えられているが、その仕組みは解明されていない
AIは、文字の形の分類、繰り返し出てくる記号の並びの検出、遺物の3Dモデルの作成などで研究を手伝うことはできます。ただ、上の表の研究と同じように、AIの出した仮説を人の専門家が検証する形でなければ、「解読できた」とは言えません。
神代文字とロンゴロンゴの違い
| 神代文字 | ロンゴロンゴ | |
|---|---|---|
| 学術的な評価 | 後世の作(偽作・仮託)とするのが定説 | 本物の未解読文字 |
| 読めるか | 多くは仮名との対応表があり、読むこと自体はできる | 読めない |
| 未解決の問い | なぜ・どのように作られ、広まったか(思想史の問い) | 何語を、どんな仕組みで書いたか(言語の問い) |
| AIの役割 | 文字の認識や資料の整理の補助 | 形の分類やパターン検出など、研究の補助 |
よくある質問
Q. 神代文字は本当にあったのですか?
現在の国語学・歴史学では、漢字以前の日本に固有の文字があったとは考えられていません。辞典・百科事典は、神代文字をいずれも後の時代に作られたもの(偽作・仮託)と説明しています。最も大きな根拠は、奈良時代の日本語にあった音の区別(上代特殊仮名遣)を書き分けていないことです。
Q. 神代文字にはどんな種類がありますか?
日文(ひふみ)、天名地鎮(あないち)、阿比留(あひる)文字などが知られています。支持する人々の間でも、どれを本物とするかは一致していませんでした。日文は、ハングルに基づいて作られたものと説明されています。
Q. 神代文字はAIで解読できますか?
多くは仮名と1字ずつ対応する表として伝わっているため、読むこと自体はAIがなくてもできます。ただし、古代から伝わったことを示す資料がないので、AIで解析しても古代の言語や歴史がわかるわけではありません。
Q. ロンゴロンゴはAIで解読されましたか?
2026年10月14日時点で、ロンゴロンゴが解読されたという学界で認められた成果は確認できません。2024年の論文では、文字が刻まれた遺物は30点未満で、今も未解読とされています。
Q. AIが解読に成功した古代文字はありますか?
2019年の研究では、すでに解読済みのウガリット語や線文字Bを使って、AIで自動解読の手法を検証しました。古代ギリシャ語やラテン語の碑文では、欠けた文字の復元や年代推定をAIが手伝う研究が成果を出しています。いずれも、近い言語がわかっている文字が対象です。
まとめ
- 神代文字は、漢字以前の日本で使われたと「称される」文字で、学術的には後世の作とされている
- 否定の決め手は、奈良時代の音の区別(上代特殊仮名遣)を書き分けず、50音の枠に収まっていること
- AIで読めても、出てくるのは近世の日本語。古代の歴史がわかるわけではない
- AIが成果を出しているのは、読み方や近い言語がわかっている文字の復元・年代推定などで、人の研究者との協力が前提
- ロンゴロンゴは本物の未解読文字。2024年の年代測定で、ヨーロッパ人の到来より前に生まれた可能性が示された
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