米国利上げによる債権暴落だけなの?シリコンバレー銀行破綻の本当の理由とその影響とは?

3/12 シグネチャー銀行破綻(14兆円)
3/10 シルコンバレー銀行破綻(28兆円)
3/8 シルバーゲート銀行破綻(1.4兆円)

と立て続けに米銀が破綻した。

米国テック企業の50万人規模の一斉レイオフの最中での出来事だから、もうすでに世界の金融危機と言っていいだろう。
政府が急激に利上げしたら失業率が高まり、リセッションが起こる。これは過去の歴史が語っている。
日本のバブル崩壊も土地の高騰を抑えるための「急激な利上げ」がきっかけだった。


シルバーゲート銀行の破綻はFTXの影響とされる。シグネチャー銀行も暗号資産絡みだ。
果たしてクリプト企業のバブルが崩壊しただけなのか?

シリコンバレーには年間15兆円のダブついたリスクマネーが流れていた。
この3年間でシリコンバレー銀行の預金高は3倍になった。

この預金の約6割は債権などの運用にまわされた。
銘柄は有望なもので、それ自体は悪い運用ではないという。

■利上げによる債権の値崩れが原因だという堀江貴文氏

確かにその通りかもしれない。事実、シリコンバレー銀行は2.8兆円の債権を売り、2,500億円の損失計上を出している。
この含み損というやつは、他のメガバンクにも当てはまる。100兆円規模だそうだ。
しかしながら、他の銀行は債権に回す比率も少なければ、定期預金ユーザもかかえている。
債権は満期になれば満額返ってくるわけだから、その償還時期まで手元資金を回せたら問題はなかった。

何が問題なのかといえば、シリコンバレー銀行の顧客はスタートアップやベンチャーキャピタルだということだ。破綻の引き金を引いた「預金流出額」は預金全体の約4分の1である5,6兆円だった。業界のドンの助言によって大口顧客である法人が一斉に預金を引きあげたという。保険でカバーできる小口ユーザの少ない銀行の大きなリスクである。

スタートアップは出資金を溶かしてナンボ。そしてベンチャーキャピタルはIPOやM&Aで多額のキャピタルゲインを受ければ問題ない。

そこの歯車が狂った。
アップルを除くGAFAMの大量レイオフは、企業買収のためのお財布の紐を閉めていることを意味する。
Exitを見込めないのであれば出資もストップする。
シリコンバレーの預金残高の貯まるスピードが急激に落ちたから、手元の現金がなくなり、ポートフォリオを現金化することになる。
そこで含み損が露呈したというわけで、これは引き金にすぎない。

■コロナでだぶついたお金が溶けただけ

仮にスタートアップたちが売上をきちんと上げていたら、もしくは出費を止めていたら、今回のようなことは起きなかったのかもしれない。そんなことは彼らにとって知ったことではない。そして預金を引き上げた企業も会社を守るための行為である。

事業の青写真を見せてお金を集め、あとはアクセルを踏むだけだ。
その間にイグジットできれば成功。できなかったらこの街を去ればいい。
それがこの街にいることの掟である。

■意外に呑気なシルコンバレーIT放牧民

大量レイオフで退職金を手に入れた50万人が野に放たれた。
そろそろ起業しようかと思う人もいただろうが、いかんせん市況が悪い。
多産多死の「孵化」の部分でタガがはずれた。
シリコンバレー銀行がなくなったから、もっと起業は面倒なことになる。
この街は、自己資金で会社を作る方がマイナーである。

今回、破綻した預金は全て保全されることとなった。
つまり、彼らは誰も傷んでいない。シリコンバレー銀行だけがババくじを掴んだことになった。

政府がばら撒いた金がダブついてこの街にふりかかった結果という点では、この銀行だけがスケープゴートになった。

当然のことながら、この余波でたくさんのスタートアップが死んでいくだろう。
だけど、それは前述のとおり、これはそういうゲームなのである。
個人は痛まない。おそらく創業者も。

これがこのIT村の放牧民のしたたかさである。

■シリコンバレー流資本主義経済の終焉なのか?

リーマンショックの時に投資家のドンが「人を切れ。現金を残せ」と鼓舞をした。
そんな風にして、ここのエコシステムは生き残り、反映を続けてきた。
しかし、そこのビッグダディーの銀行が潰れたら元の子もない。

もしかしたら起業家たちはDaoに活路を見出し、別のお金の流れを生み出すのかもしれない。
あるいは別の資本主義の権化があわられるのかもしれない。
今現在、まだスポンサーは現れていない。
イエレン財務長官も「国費を使って救済することはしない」とのたまっている。

フォアグラのように肥えてしまった、今のスタートアップには期待できないと言っているようだ。
新しいスタートアップがまた雨後の筍のように出てくるのだから。

というわけで、我々外野にとってはチャンスでしかないのである。