哲学の同窓、異なる道へ。岩下壮一と九鬼周造

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目次
帝大哲学科の同級生
岩下壮一(1889–1940)と九鬼周造(1888–1941)の出会いは、明治末の東京帝国大学文科大学哲学科に遡る。両者は1909年に同学科へ入学した同級生であり、しかも互いの家が近かったことから、毎朝ともに通学する仲でもあった。大学の廊下をともに歩く二人の若者が、いずれ日本思想史に名を刻む人物となることを、当時知る者はいなかったに違いない。
哲学科では共にロシア出身の碩学ラファエル・フォン・ケーベルに師事した。ドイツ観念論や中世哲学、ギリシア哲学を広く教授したケーベルは、当時の東大哲学科の精神的支柱ともいうべき存在であり、岩下と九鬼はともにその薫陶を受けた。一高時代には天野貞祐、和辻哲郎、谷崎潤一郎らとも交わりを深めており、二人はその当時から知的刺激に満ちた人脈の中に身を置いていた。
岩下は1912年にフランス語で書いた卒業論文「アウグスティヌスの歴史哲学」で最優秀の成績を収め、いわゆる「銀時計組」として卒業している。九鬼も同年に卒業し、「物心相互の関係」という、すでにその後の実存的・現象学的思索を予感させる論文を仕上げた。
痛恨の失恋
学生時代、九鬼は岩下の妹に思いを寄せ、洗礼を受けるほどに心揺れたという。松岡正剛による評伝的な記述によれば、九鬼は東京帝大の哲学科に入る途中、キリスト教の洗礼を受け、岩下壮一の妹に痛恨の失恋をして、大学院に進んでいく。
この失恋の詳細――いつ、どのような経緯で、岩下のどの妹に思いを寄せたのか――は、現存する資料からは明確にはわからない。しかし「痛恨」という言葉が示す通り、その傷は浅いものではなかったとされる。九鬼がキリスト教の洗礼を受けたのが、岩下への傾倒と親交から生まれた信仰の影響なのか、あるいは妹への恋慕に起因するものだったのかも、判然としない。いずれにせよ、この失恋体験は九鬼の内面形成に何らかの痕跡を残したと思われる。
のちに九鬼は「いき(粋)」の本質として「媚態」「意気地」「諦め」の三要素を挙げる。とりわけ「諦め」――恋愛の成就が叶わぬことへの静かな受け入れ――を「いき」の不可欠な要素と位置づけたことには、彼自身が若き日に経験した恋愛の苦味が、どこかに滲んでいるとも読み取れよう。
岩下家という背景
岩下家は当時、上流社会に属する著名な家系であった。父・清周は北浜銀行頭取や箕面有馬電気軌道(現・阪急阪神)、大阪電気軌道(現・近鉄)の社長を歴任し、温情舎小学校(現・不二聖心女子学院)を設立した実業家であった。末妹・亀代は聖心会の最初の日本人修道女であった。壮一が1925年にヴァチカンにて司祭に叙階されたほぼ同時期に亀代はローマで終生誓願を立てている。
岩下家の人々が信仰と社会奉仕に深く根ざした生涯を送ったことは、壮一にとっても亀代にとっても共通する軌跡であった。九鬼がこの家の雰囲気に惹かれ、その一員に恋情を抱いたことも、当時の文脈の中では自然なことだったかもしれない。
留学と、それぞれの道
失恋と大学院進学を経たのち、九鬼は1921年よりヨーロッパに足かけ八年間の留学へと旅立つ。初めドイツに渡り、新カント派のハインリヒ・リッケルトに師事するが、それでは満たされず、のちフランスに渡り、アンリ・ベルクソンと面識を得るなどし、その哲学の強い影響を受けた。パリ時代には、フランス語の個人教師として、まだ学生だったジャン・ポール・サルトルを雇っていた。帰国後は京都帝国大学教授として、『「いき」の構造』(1930年)、『偶然性の問題』(1935年)という不朽の著作を世に送り出した。
一方の岩下は、1919年から留学に出てパリ、ロンドン、ローマを歴訪し、中世スコラ哲学の研究からカトリックの司祭叙階へと至る。帰国後は神山復生病院(静岡県御殿場市)の院長としてハンセン病患者への奉仕に生涯を捧げるとともに、旺盛な出版活動を通じてカトリック思想の啓蒙に努めた。
哲学の方法論では、一方が現象学・実存哲学の洗礼を受けた世俗の哲学者として日本文化を問い直し、もう一方はカトリックの信仰と神学の地盤から思索を展開した。同じケーベルの門下生でありながら、その後の歩みは対照的なまでに異なるものとなった。
書簡にみる交流の痕跡
近年、上智大学の研究グループは東京藝術大学美術学部に所蔵される「上野直昭関係資料」から、九鬼周造、岩下壮一、田辺元など近代日本を代表する哲学者たちが大正期〜昭和前半期に記した直筆の書簡群を発見した。計200点以上に及ぶこれらの書簡は、いずれもその存在自体がこれまで知られていなかったと考えられる資料である。これらの資料は、二人の哲学者が各々の道を歩んだ後も、同時代の知的空気の中で交差し続けていたことを示唆しており、今後の研究進展が期待される。
おわりに
岩下壮一と九鬼周造の関係は、単なる学友の縁を超え、失恋という私的な感情の交錯をも含む複雑な絡み合いであった。青春の一ページに刻まれた「痛恨の失恋」が、九鬼の哲学的思索にいかなる影を落としたか、それを明確に論証することは難しい。しかし、「諦め」を「いき」の核心に置いたこの哲学者の眼差しには、報われなかった恋の記憶が、どこかひそやかに息づいているように思われる。神父と哲学者――二人の同期生は、近代日本の精神史に、それぞれ消えることのない足跡を残した。
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