【論文解説】近年のプログラミング教育の動向と展望――初等教育段階への導入に注目して――
本記事は、栗山直子(東京科学大学)が執筆し、教育心理学年報 第64巻(2025年)に掲載されたレビュー論文「近年のプログラミング教育の動向と展望――初等教育段階への導入に注目して――」の解説です。
論文の概要
本論文は、2020年の小学校プログラミング教育必修化を受けて、日本におけるプログラミング教育の実践研究をレビューした論文です。必修化の経緯・目的から始まり、教材の種類、研究動向、そして今後の課題まで、教育心理学の視点から体系的にまとめています。
背景:なぜ小学校でプログラミング教育が必修化されたのか
2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されました(中学校は2021年度、高校「情報Ⅰ」は2022年度)。その背景には、ICT・データ活用人材の育成という社会的ニーズがあります。さらにGIGAスクール構想による「1人1台端末」の実現が、プログラミング教育の普及を後押ししました。
重要なのは、小学校段階のプログラミング教育の目的は「プログラミング言語のスキル習得」ではなく、「プログラミング的思考(論理的思考力)の育成」であるという点です。文部科学省の手引では、「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要か、記号の組合せをどのように改善すればよいかを論理的に考えていく力」と定義されています。
プログラミング教育の3つの特徴
① 思考の可視化
プログラムを書くことで「考えの筋道が可視化」されます。間違えたときに、可視化されたプログラムを見直すことで修正が容易になります。これが従来の教科教育と比べた最大の利点です。
② 失敗からの学習・試行錯誤
プログラミングでは、何度もプログラムを書き直し、実行し、改善する「試行錯誤」が自然に発生します。「1度で正解することより、失敗を繰り返しながら目標に近づく過程」こそが、思考力育成に重要だと論文は指摘しています。この経験は自己効力感の育成にも関わります。
③ メタ学習への展開
プログラミングで学んだ「失敗からの学習」「試行錯誤」などの学び方を、算数や理科などの教科学習に転移させることが期待されます。奈須(2018)はこれを「いち早く正解にたどりつく学習観」から解放するものと評しています。
教材の3分類
| 分類 | 説明 | 代表例 |
|---|---|---|
| ①アンプラグド | コンピュータを使わないプログラミング教育 | 「ハンバーガー・ロボ」カード教材 |
| ②ビジュアルプログラミング | 命令ブロックを並べる操作型アプリ | Scratch(MIT開発・無償) |
| ③ロボット・実機連携 | 実際の機器をプログラムで動かす | IoTブロック教材(SONY MESH等) |
文部科学省はアンプラグドのみでなく、コンピュータを使ったプログラミング教育との組み合わせを推奨しています。
研究動向:主な知見
プログラミング的思考の評価
独自のテストやルーブリックを用いた評価研究が行われています。「条件の判断」の理解度は小学4年生より5年生で有意に高く、発達段階に応じたカリキュラム設計の重要性が示されています(伊藤他, 2016)。
興味・意欲・関心
多くの研究で「わかりやすい」「楽しい」「達成感」などの肯定的な感想が得られています。特に自己肯定感の低いADHD児がプログラミング教育で活躍する事例も報告されており、「思考の可視化」が発達障害を持つ児童にとっても大きなメリットになっています。
ペアプログラミング・協働学習
2人で1台の端末を使うペアプログラミングは、個人学習よりも「計画性の向上」「教え合いによる協調的学習態度の促進」に効果があることが複数の研究で示されています。さらに立ち歩きを許可したグループの方が役割交代が多く、つまずきが少ないという知見もあります(林他, 2019)。
教員の意識
必修化前の調査では、疎外要因として「教材不足」「ICT活用への抵抗感」が、促進要因として「推進体制」「情報提供」「人的支援」が挙げられました(山本・堀田, 2021)。ただし2023年の調査では年々教員の不安が解消に向かっていることも明らかになっています(楠見他, 2023)。
日本教育心理学会における動向
2023年の自主シンポジウム「小学生のプログラミング教育における思考力の育成とその取り巻く環境の現状」では4件の発表があり、指定討論者・無藤が以下の課題を提示しました:
- 思考力の育成が他教科・場面に一般化(般化)できるか
- プログラミングが明晰な思考を可能にする側面
- カリキュラム・オーバーロード(過密化)の中での実施方法
- プログラミングを超えた探究的・創造的活動へのつながり
今後の課題(論文まとめ)
- 思考力育成の検証:プログラミング教育が「プログラミング的思考」の育成につながるか、他の学びへの転移が起きるかを実証する評価・測定研究が不足している
- 発達段階別カリキュラム:統一カリキュラムがないため、個別実践の蓄積と横断的な効果検証が必要
- 小中・中高の接続:小学校→中学技術科→高校「情報Ⅰ」の系統的な接続が未整備
- 教員養成:教職課程でのプログラミング体験が指導への自信向上に効果的(榎本他, 2022)。苦手意識の低減が急務
- 生成AIへの対応:急速な情報技術の進展の中、生成AIを含めた情報活用能力の育成をどう位置づけるかが今後の重要課題
引用・出典
栗山直子「近年のプログラミング教育の動向と展望――初等教育段階への導入に注目して――」
教育心理学年報 第64巻 pp.198-214(2025年3月)
DOI: https://doi.org/10.5926/arepj.64.198
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