AIで仕事をしてたら「そうせい様」の気持ちがわかった話

夜な夜な、自社サイトのSEO対策をAIに任せています。
使っているのは、AIコーディングツールのClaude Codeです。記事を書き、事実を調べ、公開前のチェックを通し、関連記事へのリンクまで張ってくれる。私の仕事は、AIからの「こうしましょうか?」に答えることくらいです。
ある晩、いつものように「それでお願いします」と返したところで、ふと手が止まりました。
これ、「そうせい様」じゃないか。
「そうせい様」とは?
「そうせい様」とは、江戸幕府の第12代将軍・徳川家慶(いえよし)の皮肉なあだ名です。在職は1837年から1853年。家臣が政治の相談や伺いを立てても、自分では決めずに「そうせい(そのようにせよ)」と答えるばかりだったことから、こう呼ばれました。
越前藩主の松平春嶽は、のちの著書で家慶を「凡庸の人」と評しています。任せきりの殿様。それが「そうせい様」の一般的なイメージです。
気づけば、私も「そうせい様」だった
AIと仕事をしていると、やり取りはだいたいこんな具合です。
| AI(家臣) | 私(将軍) |
|---|---|
| 「7つのキーワードで記事を作ります。分け方は6本案と7本案があります。おすすめは6本案です」 | 「7本で」 |
| 「メタディスクリプションの文案です」 | 「それで」 |
| 「図を3枚作りました。記事に挿入してよいですか?」 | 「挿入してください」 |
| 「既存の記事からもリンクを張っておきます」 | (黙ってうなずく) |
AIは選択肢を用意し、おすすめまで付けて差し出してくれます。私はそれを見て、ひと言返すだけ。Claude Codeがコマンドを実行してよいか確認してくるたびに「許可」を押す動きは、まさに「そうせい」の連打です。
江戸城の奥で、老中の差し出す書状に「そうせい」と答える将軍。深夜のパソコンの前で、AIの提案に「それで」と打ち込む自分。200年近く離れているのに、やっていることがほとんど同じことに気づいて、少し笑ってしまいました。
でも、家慶は本当に「ダメな将軍」だったのか
気になって家慶のことを調べてみると、意外な評価が出てきました。
家慶は、自分で政治を動かすことは少なかった一方で、人材を見る目と、登用する時機を見極める判断には優れていたとも言われているのです。
- 父・家斉の時代に権勢をふるった側近たちを、家斉の死後まもなく退けた
- 老中・水野忠邦に「天保の改革」を任せた
- 改革が失敗に終わると、その後任に当時まだ20代半ばだった阿部正弘を抜擢した
阿部正弘は、のちに黒船来航という大事件に老中首座として向き合う人物です。家慶自身は、ペリーが浦賀に来航した直後の1853年にこの世を去りますが、次の時代を担う人材を選んだのは家慶でした。
つまり家慶は、「何も決めない将軍」というより、「誰に任せるかを決めていた将軍」だったとも言えるのです。
もう一人の「そうせい」── 毛利敬親
実はこの記事の下調べをAIに頼んだとき、AIから一つ指摘がありました。「『そうせい』のあだ名は、長州藩主・毛利敬親の『そうせい侯』のほうがよく知られています。家慶の『そうせい様』と混同しないように書き分けましょう」。
毛利敬親も、家臣の意見に「うん、そうせい」と答えるばかりだったと言われる殿様です。ただし、このあだ名は当時からあったものではなく、戦後の小説をきっかけに広まったとされています。
そして敬親もまた、藩政は家臣に任せながら、重要な局面では必ず自分で決断したと伝えられています。任せきりのようでいて、決めるべきところは決めていた。ここにも「そうせい」のもう一つの顔があります。
ちなみに、事実を確かめてくれたのもAIなら、この指摘をしてくれたのもAIです。私はここでも「そうせい」と言っただけでした。
AIと働く「名君型そうせい」3つの心得
家慶と敬親を調べてみて、AIに仕事を任せるときに大事なことが見えてきました。「そうせい」と言うこと自体は悪くありません。問題は、何も考えずに言うか、分かったうえで言うかです。
1. 誰に、何を任せるかを決める
家慶が水野忠邦や阿部正弘を選んだように、まず「何をAIに任せるか」を決めるのは人間の仕事です。記事の下書きや事実の調査、リンクの張り替えのように、手順がはっきりしていて確かめられる作業ほど、AIに任せやすくなります。
2. 任せた結果は、必ず確かめる
任せっぱなしにしないために、私はAIに「確かめる仕組み」ごと任せています。公開前には、リンク切れや表記の崩れを機械的にチェックする。人物や数字は、一次情報まで当たって裏を取る。AIが自分の書いたものを疑うように仕向けておくと、「そうせい」の安心感がまるで違います。
AIエージェントにどこまで権限を与えるかという考え方は「AIは人間の制御を超える?国連で議論されたAIの危険性とAIエージェントの未来」、Claude Codeで許可の範囲を決める方法は「Claude Codeのセキュリティ|権限設定・許可ルールの書き方」で解説しています。
3. 大事なことは、自分で決める
敬親が重要な局面では自分で決めたように、最後の判断は人間が握っておきます。私の場合は、記事のタイトルや、どのキーワードで書くかといった「方向」は自分で決めるようにしています。
以前、AIに「山手線の駅でオリオン座を描いて」と頼んだときも、AIは数字の上でいちばん形の近い駅を選びましたが、最後に「こっちのほうがオリオン座っぽい」と決めたのは人間の目でした(「『山手線でオリオン座を描いて』とClaude Codeに頼んだら、本当に描けた」)。AIが候補を出し、人間が決める。この分担が、いまのところいちばんうまくいっています。
「そうせい」と言えるのは、中身が分かるから
振り返ってみると、私が安心して「そうせい」と言えるのは、AIが何をしようとしているのかが、おおよそ分かるからです。どんなコマンドを実行しようとしているのか、どのファイルを書き換えようとしているのか。それが読めなければ、「そうせい」はただの丸投げになってしまいます。
家慶が優れた人材を見抜けたのは、政治の中身を知っていたからでしょう。AIの時代の「名君」に必要なのも、同じことなのかもしれません。自分で全部やる力ではなく、任せた仕事の良し悪しが分かる力です。
テックジムでは、Claude Codeを実際に動かしながら、AIに仕事を任せる感覚を体験できる無料講座を開いています。毎週土曜日15時、東京本校で対面開催です。AIに「そうせい」と言える側に回りたい方は、ぜひのぞいてみてください。詳しくは「Claude Code 無料講座|初心者向け・東京で学べる対面講座【毎週開催】」をご覧ください。
今夜も私は、パソコンの前で「そうせい」とつぶやいています。ただ、ほんの少しだけ、名君に近づけていればいいなと思いながら。
参考








