公明党連立離脱における公明党側の問題点を徹底解説【2025年最新】

※本記事は、行橋市議会議員・小坪慎也氏の見解を元に作成したものです。

小坪慎也氏について: 行橋市議会議員。四月会(自民党内の保守系組織)の系譜を持ちながら、公明党との協議窓口として拉致問題、ウイグル問題、年金法改正などで実際に交渉を重ねてきた実績を持つ。「信濃町とある程度は話せる謎のパイプ」として双方から公式の窓口のように扱われることもある。

はじめに:26年間続いた自公連立の終焉

2025年10月10日、公明党の斉藤鉄夫代表は「自公連立政権についてはいったん白紙とし、これまでの関係に区切りをつける」と連立離脱を表明しました。自民党の高市早苗総裁は「一方的に連立政権からの離脱を伝えられた」と述べ、この「一方的」という表現がメディアで問題視されています。

しかし、本当に一方的だったのでしょうか?実は公明党側にも大きな問題があったのです。本記事では、公明党との実際の協議経験を持つ小坪慎也氏の視点から、連立離脱における公明党側の問題点を詳しく解説します。

公明党側の最大の問題点:怒りの表現がわかりづらい

「平和の党」ゆえの感情表現の下手さ

公明党の最大の問題は、怒りの表現が非常にわかりづらいことです。

公明党の会見を見ていても、後で見直すと「あーね、言ってるね、確かに」と気づくのですが、リアルタイムでは感情表現がまさしく「平和の党」そのもの。はっきり言わないと、国民にも、そして自民党の党内の議員たちにも伝わらないのです。

「本当にスイッチ押すぞ!」の気迫が足りない

離脱の話は具体的にあり、党の偉い人にも伝えられていました。しかし、公明党のメッセージは本当にわかりにくかったのです。

そんなに怒っててここまでのことをするならば、「本当にスイッチ押すぞ、ええんか!きさまっ!」ぐらいの気迫を感じさせるべきでした。怒り方の感情表現は、改善が必要です。何を言ってるかわからないのですから。

「一方的」という批判は当然?

高市総裁の「一方的」という表現が問題視されていますが、わかんないものはわかんないのです。伝わってなかったのだから、「一方的」と感じるのも無理はありません。

嫌なら嫌とはっきり言えばよかったのに、と思っている自民党議員も多いはずです。

問題点②:他党の党内人事への口出し

萩生田氏起用への批判は内政干渉では?

結果的に、公明党は自民党の党内人事に口出しをする格好になってしまいました。

確かに萩生田光一氏の幹事長代行への起用は無配慮だったかもしれません。しかし、では逆に自民党が公明党に対し、「斎藤代表を変えろ!」とか「あの西田なる幹事長は気に食わない!」と言われたら、公明党も「はぁ?内政干渉だろ!貴様っ!」となるはずです。

与党としての閣僚人事ならまだしも、よそのお家の中のことに手を突っ込むのは本当はダメなのです。

問題点③:二幹二国の消滅という重大事態

二幹二国とは何か

**二幹二国(にかんにこく)**という言葉は、ネットでも保守系でも馴染みのない単語でしょうが、首班指名とも連動する極めて重要な会議です。

  • 二幹:2つの党の幹事長(自民党幹事長と公明党幹事長)
  • 二国:両党の国対委員長

かつて、二幹二国において議会の過半数の合意もセットでとられるため、総理の判断ぐらい重たい会議でした。ある意味では連立政権の象徴とも言える会議で、ここで決まったことは現実になっていたのです。

野国(やこく)への参加で二幹二国が消滅

公明党は、野党国対委員長会議(野国)に出席を打診しました。連立離脱≒野党なのですから、野国に出席するのは自由です。

しかし、ここに重大な問題があります。

野国には自民党は出席できません。野党の国対委員長会議なのですから当然です。そして、野国に出ている公明党が二幹二国に参加できるかと言えば、常識的に不可能なのです。

一幹一国?それは単に自民党だけです。一人で会議室に入っても、それは会議とは言いません。

議会運営の危機

首班指名で高市氏が総理大臣に就任できたとしても、二幹二国は滅びた状態が継続してしまいます。議会が通らないと、何も実現はできません。

日本の場合、総理の権限は他国に比べて弱く(米国の大統領など、直接選挙で選ばれた人に比較し)、議会の発言力が非常に強いのです。

二幹二国を三幹三国にしようとして、結果的に一幹一国になりつつある、という皮肉な事態が発生しています。

問題点④:コミュニケーション能力の欠如

声が小さく、ボソボソと話す

公明党と実際に協議をしてきた小坪慎也氏は、次のように指摘しています。

公明党の議員は何か言ってるのですが、ボソボソと声が小さいのです。耳を済ませて一生懸命に聴くと、なんだかんだと言ってるのですが、優等生は声が小さいのです。

小坪氏自身も「公明党側とはパイプがあり、一応は話す」立場にあり(理由は脱退一時金の関連など年金法案での協議)、公明党側の窓口もかなり偉い人揃いだったそうです。彼らの不満や愚痴にも日常的に接していたので、長いこと聞くと「あー、これは不快感を示しているのだな」とわかってくるのですが、ズバッと言わないと伝わらないのです。

地域・文化的な違い

特に九州など、はっきりとした物言いが好まれる地域では、公明党の婉曲的な表現は全く伝わらない可能性があります。

言語が違うレベルで伝わっていないのです。

それでも公明党は協力してきた

保守政策における公明党の貢献(小坪氏の実体験)

ここで誤解してほしくないのは、公明党が全く協力してこなかったわけではない、ということです。

小坪慎也氏の実際の交渉経験によれば、公明党は以下のような重要案件で協力してきました:

拉致問題での協力

  • 役職者が眼の前でサインをして協力
  • 党として積極的に関与
  • 小坪氏自身がお願いに行き、実現

ウイグル問題での協力

  • 参院の国対委員長(公明党)に小坪氏とウイグル協会がお願い
  • 参院の国対委員長が文案を自ら作成
  • 参院決議の文案は衆院より素晴らしいとの評価
  • ウイグル協会の意向も反映

年金法改正での協力

  • 脱退一時金の案件で公明党の年金部会長が動く
  • 党内調整をつけて、党の意思として厚労省に提示
  • ガラス細工のような調整を成功させた

これらは、保守系から見れば「敵対関係」とも言える四月会(死ね学会!という標語で知られる、学会が嫌いな自民党組織)出身の小坪氏が、何度も何度も頭を下げに行った結果です。

小坪氏の交渉スタイル:命がけの誠実さ

小坪氏は自ら「四月会から来た」と正直に名乗り、「貴方がたと仲良くはないが」「むしろ嫌いな人々だが」と前置きしたうえで、「時は移ろい四月から五月へ。護る学会でも良いし、相互に寄り添う学会でもいいが、五月会でどうか?」と提案しました。

公明新聞の元編集長のもとにまで行き、火の玉ストレートを述べるほどの姿勢でした。

何度も頭を下げ続けた理由

簡単につくわけがありません。向こうだって心理的なハードルがあります。どうやったのか、答えは簡単です。何度も行ったのです。何度も何度も、何度もです。

ルート営業と同じで、小坪氏は偉くはないから、これが如何に公益に資するかをとき、友党に支払える党益(公明側のメリット)は何もないけれど、だから頭を下げるしかないと伝えてお百度を踏みました。

後ろには自民党の大物国会議員たちが大量に名前を貸してくれましたが、頭を下げに行ったのは小坪氏でした。自民の国会議員が表立って頭は下げにくいし、破断になったときは政党間の問題になるからです。小坪氏がお願いに行って破断になるだけなら、たいした問題にはなりません。

賭けたのは自分の政治生命

もし破断になったら、小坪氏は失脚するだけです。名を借りた自民党の国会議員らから信頼を喪失し、立場を失うだけです。

公明党には、ある意味では小坪氏の政治生命をかけて調整してきました。最初はドキドキし(いまでもハラハラですが)、命がけで来ていました。賭けることができるのは、自分のバッジしかなかったからです。利益なんて何もないけど、命をかけて乗り込んだから活路もあったのです。

結果、「信濃町とある程度は話せる謎のパイプ」として小坪氏は双方から珍重されていくことになります。ときどき公式の窓口のように扱われ、公明党も公式の窓口と呼ぶこともあったそうです。だから小坪氏は今回もちゃんと持ち帰って伝えるべきところには報告していました。

友党として背負った重荷

参院選においても、公明党は友党として自民党の「政治とカネ」問題を一緒に背負い、そして多くの議員が落選しました。

「ごめんね、痛かったよね」くらいの思いは、敬意として払われるべきだったのです。

自民党側の無配慮も事実

何も言わないことをいいことに

公明党の声が小さいことをいいことに、もし自民党が公明党を植民地や属国扱いのように見ていたとしたら、それは大きな問題です。

公明党は敗戦国の兵士ではありません。かつて四月会と戦った、それはもう手に負えないバーサーカーたちであり、本来は優等生でもなかったのです。

萩生田氏起用は無配慮すぎた

萩生田光一氏の幹事長代行への起用は、やはり無配慮が過ぎたと言わざるを得ません。公明党が最も問題視していた「政治とカネ」の象徴的人物を重用したのですから。

改善への提言(小坪氏の視点から)

公明党への提言:もっとキビキビ言って欲しい

小坪氏は、公明党はたまにはスーツを脱ぎ捨てて、アイパーかリーゼントにして乗り込んだほうが、結果としてはよかったのではないかと指摘します。

怒るときは怒る。嫌なときは嫌とはっきり言う。これができていれば、今回のような事態は避けられた可能性があります。

小坪氏は言います。「私は公明党は好きではない。どちらかと言えば嫌いな部類なので勘違いしないように。公明党の政策が私に一番あう!と思えば、私は友党に入党している。政策的な隔たりは大きい」

それでも、公明党への敬意は払うべきであり、コミュニケーション方法の改善は必要だと考えているのです。

自民党への提言:敬意を払うべき

自民党は、友党に対してもっと敬意を払うべきでした。選挙で一緒に戦い、一緒に傷ついた仲間に対する配慮が足りなかったのです。

参院選においても、公明党は友党として自民党の「政治とカネ」問題を一緒に背負い、そして多くの議員が落選しました。小坪氏は言います。「ごめんね、痛かったよね」くらいの思いは、敬意として払われるべきだったと。

四月会と五月会:対立から協調へ

ここで「四月会」について説明が必要でしょう。

四月会とは、自民党右派の先生が多く所属する、「死ね学会!」という標語とされるほど創価学会が嫌いで仕方ない自民党の組織です。共産党と戦うような跳ねっ返りの保守系議員を受け入れてきた組織で、党の要職者も含まれています。

小坪氏は、元々四月会に関わる者だと名乗ったうえで、公明党との協議をしてきました。そして提案したのが「五月会」という考え方です。

「死ね学会」から「護る学会」へ、あるいは「相互に寄り添う学会」へ。時は移ろい、四月から五月へ。これが小坪氏の提唱する「五月会」の思想です。

まとめ:両党に問題があった

公明党の連立離脱は、以下の問題が複合的に絡み合った結果でした。

公明党側の問題

  1. 怒りの表現が下手で伝わらない:はっきり言わないと伝わらない
  2. 他党の党内人事への口出し:内政干渉と取られかねない
  3. 二幹二国の消滅:野国参加により議会運営に重大な支障
  4. コミュニケーション能力の欠如:声が小さく、ボソボソと話す

自民党側の問題

  1. 萩生田氏起用などの無配慮:友党の懸念を軽視
  2. 敬意の欠如:選挙で共に戦った友党への配慮不足
  3. パイプ役の不在:相互理解の基盤の崩壊

最後に:小坪慎也氏のスタンス

小坪慎也氏は、四月会(学会嫌いの自民党組織)の系譜を持ちながら、公明党と協議を重ねてきました。「死ね学会」から「護る学会」「五月会」へ。時代は変わり、協力関係を築いてきたのです。

今回の連立離脱について、小坪氏のメッセージは「今までありがとうございました」です。

公明党の協力には感謝しつつも、コミュニケーション方法の改善を願い、そして自民党を応援していく、というスタンスです。


※本記事は行橋市議会議員・小坪慎也氏の見解を参考に作成しています。

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